訪問美容のトップは美容コン優勝者。彼女が抱く野望とは?凄腕福祉美容師インタビュー(後編)
「介護と美容が力を合わせたら、日本は魅力的な長寿大国になる!」
そんな未来予想図を描く、福祉介護士であり福祉美容師である朝倉由奈さん。後編では、朝倉さんの福祉美容の理想と今後の目標についてご紹介します。
答えは一つじゃない。大切なのは、その人だけの “最高” の発見
−−−−在宅美容での最初の顧客様はどのような方でしたか?
ご主人と二人のお子様をお持ちの筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性でした。訪問した時はもうお話ができない状態で、字が書かれたパネルを指さすことで会話するなど、意思疎通には家族全員の協力が必要でした。
−−−−ご予約があったのですか?
私が所属している美容室「アンツ」の常連のお客様に在宅介護のケアマネージャーをしている方からのご紹介です。日々進行する病だと、「昨日できたことが今日はできない」ということが常ですので、その時の状況に自分がどこまで対応できるか、日々勉強でしたね。“人命に関わる仕事だ”という責任感と緊張感を常に持って施術をさせていただきました。2年くらい担当をさせていただきましたが、福祉美容師とはどうあるべきかを深く考えるきっかけとなり、多くの気付きを得ることができました。
−−−−その気付きとは?
一言で言うと「正解はひとつじゃない」ということです。同じ病気でも症状は十人十色。その日その日で心身のコンディションも異なります。また、車椅子の限られた稼働域でいかにスピーディーに作業するかなど、変化する環境で臨機応変に対応しつつクオリティも維持しなければなりません。このお客様はご病気の進行が早かったこともあり、だんだんご家族も私も仕上がりや施術がご希望に合っているかがわからなくなり、最後はご本人ではなくご家族の希望で予約をお受けしました。お元気だった頃のご本人をよく知るご家族とのカウンセリングや、介護士の方との打ち合せなども入念に行いました。ルーティンではなく、お客様の現状に最適な方法を見つけ、現場でイレギュラーなことが発生しても冷静に対応する必要があるからです。
このように様々な状況を経験して「大切なのは、その方にとっての“正解”を見い出すことなんだ」と気付きました。
−−−−やはり介護と美容のコラボは必要ですね。
そうなんです!美容業界では同業者をライバル視する傾向があるし、福祉業界では介護と美容は別物と考える風潮がありますが、「そんな壁は壊していこう!」と常々思っています。お互いの知識や経験、目標や夢を共有し合えたら、今までにない相乗効果が生まれ、福祉美容界はもっと成長していけるはずです。
諦め、迷惑、遠慮・・・そんな負の感情を消し去る訪問美容のチカラ
−−−−これまでに挫折や壁を感じたことはありますか?
たくさんあります!スーツを着て様々な施設に訪問美容の営業に出向き、「お困りのことはございませんか?」と伺っても、「訪問美容なんてどこも一緒でしょ」とか「今は美容のことまで考えている余裕がない」といった反応をたくさん経験しました。訪問美容師という仕事が理解されていない現実を痛感しましたね・・・。また、現状の厳しい労働環境が介護士のみなさんから様々なゆとりを奪っている現実も、大きな壁だなと感じました。
−−−−労働環境の改善も必要ですね。
個人の力ではどうにもできず、もどかしい気持ちです。でも、私のように細々と活動している身でも、理想的な福祉美容のあり方を構築し継続していくことで、介護や美容に携わる人々の意識を変えていけるのではないかと思うのです。福祉美容の必要性や、美容がQOLの向上につながるという効果を訴求できれば、多くの人の意識が動くはず。どんな社会も最初は小さな変化から始まり、やがて国を動かすほどの変化を遂げていくのではないかと期待しています。そのためにも、私の活動や理念をもっと広く伝えていきたいですね。
−−−−目立つ場所といえば、朝倉さんは美容コンテストで優勝された経歴もお持ちですね!
かながわ理容美容協同組合などが主催する美容コンテスト「JUHA JAPON FESTIVAL」の総合部門に出場し、オーナーや先輩方のアドバイスや協力もあり優勝することができました。
−−−−訪問美容師として活動しているなかでの表舞台。出場理由は?
プロの福祉美容師の価値を正しく理解してほしかったからです。つまり、人気サロンの一流スタイリストだけではなく、今の時代は福祉美容師も最先端の技術と知識を備えていることを証明するモノが欲しかったのです。「訪問美容はどこも同じ」でもないし「ただカットするだけ」でもなく、私たちはみなさまの暮らしを、人生を豊かにできる!ということを福祉施設や入居者のみなさまに理解してもらうための一つの手段だったのです。
−−−−なるほど。お客様の心理を理解する力も求められますね。
その通りで、深層心理への歩み寄りも福祉美容師の大切な仕事です!
以前、認知症のお母さまをお持ちの娘さんが「打ち合せもなく、母が“モノ”のように扱われて整髪されていたのが辛かった」と涙を流しながらお話して下さった事がありました。体が不自由であったり認知症だからと言って、カウンセリングもせずにカットをするなんて・・・美容師として、人間として心が痛みました。認知症の方は短期記憶が難しいとしても、嫌な想いをした感情はずっと残るものなのです。人として、誰かの心を傷つけることはしてはならないのです、絶対に。そんな悲しいだけの訪問理美容、私が絶対になくしてみせます。
−−−−朝倉さんの手で、ぜひ日本の訪問美容の質を高めてほしいです!
はい!もちろんです!私は、プロとして自信を持っています。だから技術も通常の美容師と同じ、むしろそれ以上に磨きをかけなければならないと思いました。負けず嫌いなタイプではありませんが、福祉における美容の存在があまりにも隅っこに追いやられていることは、コンテスト出場をはじめ、技術を磨く原動力にはなりましたね(笑)。
いくつになっても、男性でも、キレイになる権利は誰にでもある
−−−−今メンズ美容が注目されていますが、訪問美容でも男性の美容に変化はありますか?
男性の場合、髪、眉、鼻毛は必ずケアさせていただいていますが、眉を整えるだけで見違えるほど素敵になります。これまでなんとなくカットしてなんとなく髭を剃って・・・というお客様が多いのですが、若い世代で流行っているスタイルも取り入れたりすると、鏡を見て「おっ、これは嫁さんに見せなくちゃ!」とか「いいじゃん!今からナンパ行くか!」なんていうお客様もたくさんいらっしゃいます。そうした声に触れると、美容は女性だけのものではないなと実感しますね。
−−−−朝倉さんのような福祉美容師さんいてくれたら、いくつになっても自分らしくいられる気がします。
そう言っていただけて嬉しいです!これまで新規でいくつもの施設を訪問しましたが、「これでいいのか?」「もっと改善しなくては」という現場をたくさん見てきました。左右バラバラのカットをされていたり、寝癖がついたままだったり・・・。それじゃいけない。キレイになるために美容室通う人たちと同じように、必要最低限ではなくプラスαを私は提供したいのです。
−−−−施設のみなさんに「諦め」のような気持ちも感じます。
「今更美容なんて」という諦め、身だしなから始まる生活から遠のいたことへの慣れ、他人に迷惑をかけたくないという遠慮・・・、様々な心理が働いていると思います。でも私にはそんな気持ちを取り払って「キレイに、かっこよく」のリクエストをしてもらいたいのです。しかしコミュニケーションがスムーズに取れないお客様もたくさんいらっしゃいます。そういうときに、介護福祉施設で働いていた経験が活かされていることを実感しますね。
目標は、要介護の人々が訪れる完全バリアフリーな美容室
−−−−現在の訪問美容業界の問題点、感じていることはありますか?
クオリティやサービス内容を落とし、価格を下げてお客様を集めようとする「利益の追求」に向かっている傾向を感じますね。そうすると価格競争となり、訪問美容全体の価値が下がってしまいます。現在の訪問美容の価格相場はカットで1,000〜1,500円。ボランティアからはじまったという経緯が、この現状を生んだと言えます。私の場合は、特養で1,900円です。現実的に、価格をつり下げてクオリティも下がるのであれば、働き手のモチベーションも下がります。このままでは、この業界的に成長は期待できません。解決法は一つだけ。正当な価格で最高のクオリティを提供する。これに尽きます。
−−−−そこから派生する目標ってなんでしょう。
とにかく社会をより良くするために美容を通じて社会貢献したいですね。具体的には、完全バリアフリーの美容室をオープンすることです。体が不自由な方や障害のあるお子様でも気軽に通えて、しかも必要最低限の設えの空間ではなくお洒落な空間!
−−−−要介護のお客様が自ら通える美容室?
そうです。訪問美容師としてお客様とお会いして、多くの方が「自分の意思と自分のタイミングで美容室へ行ってみたい」と思っているということを知りました。困っている方のもとへ伺うのが訪問美容師の仕事だと思い込んでいましたのですが、それだけじゃなかった。自らが足を運べる場所を作ることも私たち訪問美容師の仕事だったのです。ならば私がそんな場所を作ろう、と。
−−−−ご自分のサロン開業ですね!
はい。現在、経営セミナーに参加し、経営戦略やマーケティングの他、社会貢献に不可欠な様々な要素を幅広く勉強しています。そして今後は、介護業界と美容業界の交流会なども開催してみたいですね。同じ価値観の人たちとの交流により、今雑然と思い描いているアイデアがブラッシュアップされ、より具体的なものに近づけられるのではないかと思うのです。
−−−−日本の福祉美容に光が見えました。ぜひ実現してください、応援してます!
ありがとうございます!自分で選んで自分で決める。この当たり前のようで当たり前ではないことをすべての人ができる能動的な社会にしたいのです。そもそも、これは “できない” のではなく “できる環境がない” だけ。完全バリアフリー、自宅と美容室の送迎、駅直結のアクセスなど、工夫をすれば実現可能なことです。しかも、介護が必要な方だけの美容室ではなく、流行に敏感な若者や子供、忙しいママやビジネスマンも訪れるような、すべてにおいてバリアフリーな美容室を実現したいですね。
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福祉と美容が手を取り合う時代の到来により、日本の美容の常識が大きく変わろうとしています。
この美容新時代の切り込み隊長となりうる朝倉さんの活躍は、美容師のみならず、エステティシャンやネイリストなど美容界で働く人々にも大きな影響を与えることでしょう。そして、誰もがこの“物理的にも心理的にも完全なバリアフリー”という意識を持ち業務に取り組めば、今よりずっと生きやすく魅力的な社会になることは間違いないのではないでしょうか。
朝倉さんのインタビュー前半はコチラ
取材・文/鬼龍院雪乃
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